ピュリツァー賞1981-1993 |
先日購入したナショジオのピュリツァー賞全記録から、1981-1993について感想など。
本の中では第四期、カラー写真、デジタル化、女性写真家、アフリカとして2003年までくくられていますが、長いので半分に切って前半について。これは作品解説ではなく、私の感想文です。
1981年特集部門「ジャクソン刑務所での生活」タロウ・ヤマサキ
名前からして日系人と思われますが、その点については何も記載がないのでわかりません。彼は12日間にわたって刑務所を取材しましたが、その後カラーで撮り直してほしいという編集者の要望でさらに取材を続けます。そしてピュリツァー賞で初めてのカラー作品として受賞します。
1982年ニュース速報部門「レーガン大統領暗殺未遂事件」ロン・エドモンズ
何と、初のカラー写真が受賞した翌年、スピードグラフィックスカメラによる作品が受賞することになります。ただ、本文の中で秒5コマのモータードライブで撮影したと記載されていますので、はたして本当にスピグラによる写真であったのかどうかは疑問があります。掲載された写真も細長く、4x5というよりは35mmの用に思われます。データの記載間違いかもしれません。
1983年特集部門「エルサルバドル、殺戮の地」ジェームス・B・ディックマン
エクタクロームなども使用されていますが、掲載されているのはモノクロの写真です。暗い地面に白い髑髏が散乱し奥には岩に止まるハゲワシがシルエットでいる、きわめて印象的写真です。機材の進歩と共に、撮影することから表現することへの変化が感じられます。初期のスピードグラフィックスなどでは撮影するだけで大変だった訳ですが、撮影が簡単になるにつれて、表現に工夫が見られるようになってきたと思われます。
1985年特集部門「飢餓」スタン・グロスフェルド
エチオピアで起きた飢餓を撮られた作品群ですが、そのなかで母親と膝に乗るやせ細った子供を撮影した作品です。ピュリツァー賞にかぎらず欧米の写真は被写界深度が深く全体にピントを合わせた写真が多いのですが、これは背景をきれいにぼかしており、大変印象的なポートレート的作風になっています。このとき撮影された子供は、その数時間後に亡くなったそうです。
1986年 ニュース速報部門「コロンビアの火山災害」キャロル・グージー&ミシェル・ドゥシール
この作品の特徴は、フジカラー・ネガフイルムが使われていると言うこと。それまでは大部分コダックで、わずかにイルフォードやアグファが散見される程度でした。この頃からフイルムも日本製が使われることが多くなってきたのかもしれませんが、後で考えればデジタル化まで20年、わずかな期間のことでした。
1987年 特集部門「危機に瀕する農家」デービッド・ピーターソン
ここではじめて、使用カメラにキヤノンが出てきます。この時代ですとキヤノンもF1など各種の高性能カメラを作っていたはずですが、世界的な普及は遅れたのでしょうね。
1989年 ニュース速報部門「早すぎる死」ロン・オルシュワンガー
火事から救出された少女(残念なことに二日後に死亡)を写した、火事の写真が好きなアマチュアカメラマンが撮影した写真です。カメラはミノルタが使用されています
1991年 ニュース速報部門「南アフリカの抗争」グレッグ・マリノビッチ
アパルトヘイトから新たな体制に移行しようとする南アフリカの激動の時代を取材した写真です。対立する黒人グループが、一人の男をリンチし、ガソリンをかけて燃やします。火に包まれた男の姿は、壮絶すぎるものがあります。ニコマートとフジカラー・ネガフイルム、そして35-70mmのズームと300mmで撮られた写真です。
つづく

