Nokton 25mmF0.95 |
こういうレポートって、何いってんだかと思うのであるよ。
http://www.ephotozine.com/article/voigtlander-25mm-f-0-95-nokton-micro-four-thirds-lens-review-20808
開放では甘いが、絞ればすばらしい解像力であると。
この手のレポート、日本のものでもよく見かけるのだけれども、皆さんこれで納得しているのかなと、いつも不思議に思う。
絞って使うくらいだったら、F0.95のレンズなど買わないよ。ズームで十分だ。
解像力を求めるのはよい。何を撮るのか、何に使うのかによるだろうが、解像力が欲しいというニーズがあることはわかる。私もそう思うときもある。だが、F0.95のレンズを買う人は、その明るさに惹かれて買うのだろうし、このレンズを評価するとしたらF0.95かF1.0で評価するべきだ。F1.4まで絞るなら、Panasonicの25mmF1.4があるし、こちらはAFで使える。F1.4で解像力がどうかと評価するのならば、Panaの25mmF1.4との比較で評価するべきだろう。
またF5.6ですばらしい解像力だというのなら、14-42mmとか12-50mmなどのズームと比較するべきだ。その上で、14-42mmより遙かによい解像力だから、このレンズはよいとするのならわかるが、このレンズを単体で評価するのであれば、買う人の大半はF0.95に惹かれる購入者であろうから、開放での評価をするべきだろう。
またそもそも、このレンズで解像力チャートを写して楽しもうという人がどれほどいるのだろうか。いたとしても、それは一度だけだろう。毎日解像力チャートを写す人は誰もいないはずだ。つまりは、このレンズを開放で、平面的なものを撮影して、周辺の解像力が問われるような使い方をする人は、学術目的などでないことはないが、きわめて例外的であり、一部のプロニーズのみだろう。コンシューマーニーズとしてはほぼ無いはずだ。
花のマクロ撮影などは典型的だが、一点を写してピントを合わせたら、一点なのだから解像力など関係ないし、周辺はぼけているから解像力は関係ない。そもそも解像力を求める人が買うレンズではないのだ。
それを解像力がどうで、絞れば良くなるなどというレビューをする。全く持って無意味だ。
日本のレビュー記事についてこういうことを書くと、いろいろととげも立つので英文の記事にコメントしているが、日本でもこの手のレビューは多い。書く方も書く方だが、読む方はこれで納得しているのかなと、不思議でならないのである。

