ペンタックス、新しいファームウェアで回折補正に対応 |
K-3用の新しいファームウェアで、レンズを絞りすぎたときに起きる回折を補正できるようにしてきました。
基本的に良いことです。新しい技術でよりよい画像が得られるのは、良いことです。
その上で言わせていただくと、解像力至上主義の害毒がさらに広まるなと、いささかあきれ気味。回折補正そのものは良くても、それによって解像力至上主義がさらに振りかざされるようであれば、いっそない方が良いのかなと言うことです。
そもそも、回折というのは、デジタル云々の話ではない。遠い昔から、もちろんフイルムの頃から、絞りすぎると画質が悪くなるのは知れ渡っていたこと。ただし、フイルム時代には、解像力を持って善とするような考え方は、まあ朝カメの診断室でチャート撮影して善し悪しを判断するような人もいましたけれども、一般的には解像力=善といった考え方は少なく、もっと許容範囲が広かったわけです。
ところが、デジタルになって、簡単にピクセル等倍などができるようになると、急激に解像力至上主義が広まり、解像していないと悪、になってしまいました。テストチャートがなくても、誰でも簡単に解像のチェックができるようになったわけです。
でも皆さんが写真を見に行ったときに、これは解像しているから良い写真だ、という基準で、善し悪しを判断しているでしょうか。私は意地悪く、チェックしているのですよ。これは解像している、していないとチェックしているのですが、それは逆に解像していないけれども良い写真だということの、チェックでもあるのです。
回折なんて、昔からあるんです。解像していない古い写真、いくらでもあります。古い時代のフイルム写真、極端に言えば全部解像など甘いものですよ。それでも、世に残る写真は残る。解像力とは無関係に。
回折補正、よいことではありますが、解像力の害悪が、さらに広がらないと良いですね。

